本コラムでは前号で自民党が大勝した背景を述べたが、今号では中道がなぜ大敗したかを探ってみたい。マスコミ各社の事前調査で立憲民主党、公明党も評価が低いことを知らされていたことから、中道なる組織を立ち上げたのはある意味、理解できないこともない。1+1は少なくても2であり、ここに両党が一致団結して大運動を興せば、上積みも期待できると判断したのであろう。野田代表が斉藤代表との中道結成時の会見で、自信に溢れた表情で結成の意味合いを語っていたのに嘘偽りはなかったであろう。野田氏は比例は公明党に譲り、小選挙区は公明党の固い組織票を取込むことで、1+1が3にも4にもなると踏んでいたのである。しかしそれは大きな錯覚としか思えない。国会で独自の政策提案をすることもなく、反対のための反対を繰り返えす集団に大多数の国民は嫌気が募っていたとみるべきである。頼みとする公明党も往時の勢いは既に無く実利に結びつかなかった。またこの前の参院選までは互いに相手を罵り合っていた両党であり、選挙活動に身が入るはずもなかった。実際、筆者にも選挙の度に電話が入っていた創価学会会員からも今回は一通の要請もなかった。結果、中道は公示前の167議席から49に激減した。敗戦の弁として唐突な解散総選挙で、争点がないまま高市首相のムードに流されたなどと言っているが、反省すべきは日頃の主張や政策が国民の思考から乖離していたためであることを自覚すべきである。勿論、わが国は民主国家である。新代表に就任した小川純也氏の基、捲土重来の機会はある。大いに政策を練っていただきたいものである。(令和8年2月23日号)